ぼくとカメラ

 

 

 ■ぼくとカメラ

 ぼくが初めて写真を撮ったのは、中学に入りたてのころでしたか…、昭和二十一年だったと思います。前の年に、太平洋戦争が終わったばかりで、食物さえろくにない時代でした。フィルム一本が大変な貴重品でした。
 カメラは父が貸してくれました。かなりの古物です。名前は知りません。ベスト判です。ベスト判というのは、子ども雑誌のフロクについてる日光写真を、一まわり大きくしたぐらいの画面です。密着でもどうにか見られるので、うちの古いアルバムにはそのサイズの印画が、たくさん貼ってあります。
 カメラの底板を開く。ガサガサと蛇腹を引っぱり出す。こり引っぱり出し具合で距離が決まります。ファインダーは三角のプリズムみたいなやつを、上から覗くのです。レンズは開放で8.3。フィルムの感光度も、今とは段ちがいに低かったので、曇った日の室内などは「はい動かないで!カシャ。ひとつ、ふたつ、みっつ…。」てなもんです。露出計なんかありません。すべてがカンです。だからまず、はたして写ったかどうか?が気がかりで、それがまた楽しみでもありました。
 現像も自分でやりました。暗室がないので部屋をまっ暗にし、さらにその一かくを大きなびょうぶで囲うのです。瀬戸びいきのパット二つに現像液と定着液。水洗いは洗面器です。初めから終りまで手さぐりで、時間は柱時計の振子の音で計りました。
 引伸し機は、幻灯みたいな物でした。白壁にネガを投影しながら、タタミの上の引伸し機を前後にずらし、サイズやピントが決まったところで印画紙を壁に止めるという、原始的なやりかたでした。
 いわゆる“写真芸術”には全く興味がなく、と言うより初めからガラじゃないと思いこんでいたようで、もっぱら〈記録〉と〈創作〉ばっかりでした。ただしフィルムが買えなかったのでたいした量ではありませんが。
 〈記録〉というのは、文字どおり身のまわりをカシャカシャ撮ったわけです。
 〈創作〉と言うとちょっとカッコよい感じですが、つまり遊びです。例えば安孫子(ぼくらは二人でマンガを書いています。藤子不二雄というのは、ぼくと安孫子の合作ペンネーム)と二人で映画を観てきました。ジョンフォードの“荒野の決闘”です。おおいに刺激された二人は、さっそくその名場面をスチールで再現しようと試みるわけです。拳銃、ガンベルト、帽子、チョッキなど、全部紙で作りました。大きなびょうぶに模造紙を貼り合わせて、これがホリゾント。二人でアリゾナの荒野を描きこみます。遠景にテーブルロック。近くには竜舌蘭の茂み。その前で二人のガンマンの対決です。ピンボケのモヤモヤ写真で、けっこうもっともらしく写りました。
 “海賊バラクーダ”や“宮本武蔵”も撮りました。そのころ読んで感激した、手塚治虫先生の長篇マンガ“来るべき世界”を、ミニチュアセットに組んだりもしました。ありあわせの材料で作ったチャチな物でしたが、ライティングでなんとかごまかしました。このころの写真が今では一枚も手もとにありません。何度かの引越しで紛失したらしいのです。残念なことです。
 マンガ家になってからは、やたらに忙しくて〈記録〉ばかりです。もっぱらスナップです。旅行には8ミリを持って出ることが多いのですが、両方持って行くこともあります。ヨーロッパを一人でまわった時は、ぼくは、英語が丸でダメなのですが「すみません。シャッター押していただけませんか。」という言葉だけは丸暗記して行きました。
 よく言われるのですが「カメラを持って旅行に行くと、写真ばかりに気を取られ、肉眼で見た印象が薄くなる。」と。これは半分ホントで半分ウソです。要するに気を取られなければよろしい。ぼくはいつもレンズを固定焦点として使います。戸外なら近景から遠景までたいてい大丈夫です。気に入った被写体に出合うと、反射的にファインダーが目の前に来てカシャ!一秒もかかりません。その後、心ゆくまでシミジミと眺めます。いわば犬も歩けば棒に当たるといった撮り方ですが、こんなことができるのも最近のカメラやフィルムの進歩のおかげなのですね。
 まったくたいした進歩です。今やピントまで自動的に合うんだから。はたして写るかどうかなんて心配した者から見ればユメのような時代です。だからと言って誰が撮っても同じ、といかないのが、写真の面白いところです。
 現実の一部を、ある瞬間切り取って二次元の世界に固定するわけですが、その切り取る対象、写し込む範囲、角度、さらにタイミングは、撮る人が何を表現しようとしたかによって当然ちがってくるはずです。そして、それが写真家の視点といわれるものなのですね。あなた方少年写真家には、少年にしか感じとれない世界がきっとあるはずです。そんな視点から撮った、大人には思いもつかない新鮮な写真を、これからも見せてもらいたいと思います。

昭和54年刊 ナツメ社 「小学生カメラ日記」より  

 

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