パーマン

 

 

 ■作者のことば

おそろしくズボラなスーパーマンが、行きあたりばったり出あった少年をパーマンに仕立てあげました。だからこのパーマン、頭はわるくおくびょうでなまけ者で、カッコよくないのです。〔第1巻〕

まったく別の分野である生活マンガとアクションマンガをパーマンで結びつけたいと試みました。結果はどっちつかずになり成功しませんでしたが、苦労しただけに愛着深い作品です。〔第2巻〕

ナゾは人の興味をひきつけます。♪どこからくるのか黄金バット…。ヒーローは正体不明がゆうりなのです。あいにくパーマンはお里が知れているのでパー子の正体をかくしました。だれだかあててごらん。〔第3巻〕

4号のパーやんはパーマンなかまでも個性的な存在で、それだけに読者の反響も好悪はっきりわかれていました。きらいな人は徹底してきらいだといいます。作者としては使いやすい人物でした。〔第4巻〕

昭和45〜46年 虫プロ商事刊『パーマン』1〜4巻より  

 

 ■パーマンが生まれるまで……

★……さあ、何を書こう……★

 オバQがオバケだったからな。こんどは、ふつうの子どもを主人公にしよう。
 でも、ただふつうじゃつまらない。ふつうのスーパーマンが書けないものかな?学校へかよったり、いたずらしたり、ママにしかられたりするような……。
 そして、スーパーマンでないときは、平凡な少年にしよう。しかし、スーパーマンになっている間のその子の生活をどうする?
 学校は休めない。宿題もさぼれない。これじゃあ、身がわりがいるな。そうだ、ロボットがいいや。それも、からだかたちが、そっくりのロボットだ。
 これでスーパーマンの子どもは、完全な二重生活ができるわけだ。

★……能力はどうしよう……★

 まず、怪力だ。空も飛べる。テレパシー、念力、透視術、忍術が使える。弾丸もはねかえす。天才的な頭脳のもちぬし。巨人にもなれる。何にでもばけられるし、口から火をはく。木の葉をお金にかえられる……ぐらいでどうかな。
 あんまり超人にしちゃってもつまらない。
 スーパーマンまでいかせないほうがいい。スーをとって、せいぜいパーマンあたりがよさそうだ。空をとべて力が強い。これだけでやってみよう。
 服装も特別なのではなくて、ふだん着のままがいい。これに、マスクとマントとバッジをつけさせた。

★……どう発展させようかな……★

 この題材は、SFアクションまんがにもなる。そうだ、ちょっと変わった生活まんがにもなるぞ。さあて、どっちにしようかな。
 アクションにてっていすれば、いろいろ痛快な場面が書けそうだ。でも、それでは身近かなスーパーマンという最初のねらいから、それてしまう。生活まんがにすると超能力の使い道に困る。日常生活で、怪力や飛行能力が必要な事件はあんまりない。よし、両方ゴチャマゼで、なんとかやってみよう。

★……マスクは?……★

 マスクは重要だ。あまりかっこよくなりすぎては、作品のイメージに合わない。
 そうかといって、あいきょうがありすぎてもこまる。昔のスーパーマンのイメージも少しは残したい。
 表情も出なくちゃいかん。こんな条件にピッタリのマスクにやっときまったのは、すでに連載がはじまって二回め(新年号)だった。われながらみっともない!
 長編まんがのアイデアをたてるときは、将来どうなるか見とおしをたてておかないととちゅうでダウンするよ。

昭和42年 小学館刊 『小学六年生』6月号より  

 

 ■キャラクターづくりの秘密

 この作品を始める段階で思ったことは、いっぷう変わったスーパー・ヒーローものをかきたいということでした。しかし、超能力を利用してつくる物語は、昔から数えきれないほどあり、それは今も変わりありません。ボクたちはカッコいいスーパー・ヒーローのお話を避け、ずっこけた超能力のギャグで仕立てた物語をねらってみたのです。
 ──ある日、ケンカに負けてふさいでいたミツオは、偶然、宇宙からきたスーパーマンに、超能力を秘めたマスクやマントをもらい、スーパーマンにはやや劣るパーマンになる資格を得た。
 ふだんは、いじめられっ子のミツオは、その力を使ってガキ大将・カバオに指鉄砲を見舞い、はじきとばして驚かせたり、航空機墜落事故を一人で救ったりするが、パーマンの秘密を知らないお母さんにはしかられる。悲喜こもごもといったミツオ……。これは、テレビ化に伴って「少年サンデー」に連載を始めた一回目のあら筋です。超能力という非現実的なものが、少年・ミツオの日常の中で現実のものとなって起こるときの笑い、これが「パーマン」の基本的な考えといえるでしょう。
 超能力を使った作品は、もうかきつくされたように思いがちですが、研究や工夫によって、まだまだ余地はあります。ノンフィクション・ストーリーの基礎を勉強したうえで、それに作家の空想をつけ加えてアイディアの飛躍を図ることです。それがプロ作家の創作姿勢なのです。まんが家志望の諸君、マネしてね、エヘン、エヘン。
 「パーマン」で説明すると、超能力の種類や現れ方、使い方などは、バリエーションをひろげる大きな道具になります。日常に出現する非日常的な超能力。二つがドッキングした異常な世界。これらは飛躍した考え方で、作品づくりに欠かせない姿勢なのですが、やたら飛躍すればいいというものでもありません。そして、話の展開を身近にすえることは、ヒロイック・ファンタジーを描くときの要点といえるでしょう。
 この作品は、小学館の学習雑誌でスタートしたのですが、第一回と二回目以降には、ちょっと違うところがあります。それは、パーマンのコスチュームです。一回目のものは、スーパー・ヒーローものに近い感じで、親しみにくかったので、二回目からは変えてしまいました。マスクにも、ほのあたたかい幼児性をとり入れました。(赤ちゃんのくちびるのように、少しまくれている)。
 読んでくれる子どもの視点を忘れないこと、これも大切なことです。ボクたちは、「パーマン」成功のポイントの一つはマスクにあったと思います。
 細かいことのようですが、小道具類や登場人物のスタイルや服装にも注意して、とてつもない大きな空想で、キミたちも物語をつくってみてください。

昭和58年 小学館刊ビッグコロタン1『藤子まんがヒーロー全員集合』より  

 ※この文章は、語り口の特徴から、安孫子先生によるものと思われます。

 

 ■スーパーマンとパーマン

 ぼくが「スーパーマン」のコミックスをはじめて見たのはいつの頃だったろうか。
 たぶん今から二十ン年前、まだ高校生の頃だったと思う。どこから手にいれたかは忘れたが表紙にスーパーマンが腰に手をあててスックと立っている姿が描いてあって、身体虚弱な漫画少年としては〈ぼくもこんなタクましい肉体の持主だったらいいなー〉とアコガレたことはハッキリおぼえている。
 だいたいぼくは幼少の頃から、非日常的なものが好きで、小説やまんがでもトッピな話のものに夢中になった。
 小学生の時に読んだジョン・バッカンの「魔法の杖」などは何回読んでもワクワクした。主人公の少年が謎の老人からもらった魔法の杖で大活躍するという、今から考えると他愛のない話だが、この魔法の杖をくるくるまわすとどこでも好きなところへ飛んでいけるというところが何ともいえず楽しかった。SF的にいえば空間移動(テレポーテーション)というヤツ。
 ぼくは夢の中でこの魔法の杖を持っていろんなところを飛びまわった。
 目が覚めると現実のキビシサに気がつき、ガッカリしてますます空想の世界へのめりこんでいった。そしてやがて、夢想しているだけではモノタリなくて、その夢想をまんがという形で実現しはじめたのだ。
 そんな時、スーパーマンに会ったのだ。スーパーマンはまさにぼくの夢想していた夢のキャラクターのあらゆる条件をそなえていた。ふだんは平凡な新聞記者クラーク・ケント、(メガネをかけているのが気にいった。ぼくも近眼でメガネをかけていたから)だが、いったん事件が起るとたちまち筋肉隆々、全能の快人スーパーマンにヘンシーン、あっという間に悪漢どもをコテンパンにのしてしまう。そして又クラーク・ケントにもどり何くわぬ顔をしている。
 これこそ、まさにいつもぼくの夢想していることだったのだ。
〈スーパーマンこそ、ぼくが描きたいまんがの主人公だったのだ!〉とはじめて「スーパーマン」のコミックスを見た時思った。
 でももう時おそし。スーパーマンは真紅のマントをひるがえし、世界中を飛びまわっている。
 なんという皮肉、自分の描きたい主人公がみつかった時、すでにそのキャラクターは世界的に有名だったのだ。
 ぼくはあきらめて、自分のスーパーマンは奥へしまってしまった。
 それから十何年たって、ぼくは「パーマン」というまんがを描いた。
 じつはこれがずーっとオクラにはいっていた“ぼくのスーパーマン”だったのだ。
 ミツオは平均点以下のサエナイ小学生。
 それがある時、ヒョンなことから他の星からやってきたスーパーマンにマントとバッジとヘルメットの三種の神器をもらう。これをつけると超能力がでるので、それを使って世のため人のためにつくせという。
 こうしてミツオは突然スーパーマンに変身するのだが、やることなすことドジばかり、その上、三種の神器を世のため、人のために使うどころか、自分のためばかりに使おうとしだしたり……。
 それでとうとう“ス抜けのスーパーマン”つまり“パーマン”とよばれるようになってしまった……というキャラクター。
 なんと元祖スーパーマンにくらべてショボイ主人公だろう。元祖は国際大陰謀団を相手に正義の斗いをしているのに、パーマンときたら超能力をオヤツのとりあいや勉強をサボルことに役立てようという始末。どうにもスケールが大きくならないのだ。
 これはやっぱり作者のスケールのちがいかしらん。
“自分のスーパーマン”を描くという永年の夢を果したものの、ぼくはなんとなくカナシかった。長い間、スーパーマンにあこがれていたけど、ぼくはやっぱりパーマンなんだ、と気がついたからだ。
   “真ッ赤なマントを
    ひるがえし
    きたぞ
    ぼくらのパーマンが……”

昭和53年 マーベリック出版刊『月刊スーパーコミック・マガジン スーパーマン』第4号より  

 ※この文章は、語り口や内容から、安孫子先生によるものと思われます。

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