対談集

 

  吉本ばなな

 

 

 ■おおげさじゃなくてまんがが私を救ってくれました

■ばなな

 さっそくですけど(『オバケのQ太郎』の単行本を出して)、これ、あとでサインをいただけますか。子供の頃から漫画はいっぱい読んできたんですが、単行本で初めて手にとったのが、この本。初版かなあ……あっ、初版です。

■藤子F

(本を手にとって)これ、虫コミックス版ですね。発行が六十九年。雑誌ではオバQのブームが過ぎた後ですが、単行本はまだ部数も大したことなかった。うちのスタジオでも一冊しか残っていないはずです、これは。

── わたしにとってオバQは現実の存在でした ──

■ばなな

 わたしが生まれたのが六十四年。我が家は、後で漫画家になったような姉がいるくらいですから、漫画だけは不自由しなかったんです。きのう、この本を探そうと思って本棚を見たら、恐ろしいくらいいろいろな漫画がありました。『スポーツマン金太郎』もあったし、『ヨタロウ君』も。『鉄腕アトム』も月刊誌時代のものだったと、見る人が見たら……。うちはすごかったなと思いましたね。

■藤子F

 それはひと財産だ。親という存在がね、漫画なぞ何でも捨てたがってしょうがないから。

■ばなな

 それはうちでもありましたけどね。なぜ、こんなに漫画を、って。でも、姉は死んでも手放さない(笑)。

■藤子F

 これのテレビはご覧になった?三度アニメ化されているんですよ。

■ばなな

 いちばん初めの白黒の時から見てます。わたし、初恋の相手がドロンパで。高校のときも仇名がドロンパ。だから、わたしの人生にはいつも先生の作品がぴったりくっついているんですよ。

■藤子F

 背後霊のオバQなんて(笑)。ありがたいやら、申しわけないやら……。

■ばなな

 とにかく、わたしの漫画体験は藤子先生の作品からなんです。わたし、小さいときに左目が弱視で見えなかったんです。で、見えるようになる訓練をしてました。左目の視力を出すために右目に眼帯をするんです。そうするともうほとんど失明状態。でも、一日に二時間くらい右目の眼帯をはずしてもらえるので、そういう時にむさぼるように『オバQ』なんかを読んだんです。それこそ、息をするように読んだ、という感じかなあ。おかげさまで視力の方はどんどん回復していったんですが、眼帯をつけて手探りの状態でいる間は、ずっと漫画の人たちのことを思っていたんです。だから、オバQもわたしにとっては現実のことだったんですね。そんなの漫画じゃないか、って言われてもわたしにはピンとこない。だって、漫画の内容そのものが現実だとしか思えない状況でしたから。

── それはぼくにとって最上の読まれ方ですね ──

■藤子F

 うーん。それはもうぼくにとっては最上の読者じゃないでしょうか。作者の狙ったところをちゃんと読みとっていただいたといいますか。『オバQ』がそとつの皮切りで、まあそれ以前からもそうだったんですが、ぼくの漫画は一貫して、片足か両足か、必ず日常についているわけです。その日常性の中に異分子が入ってくるという、そのパターンの繰り返しを今までやってるんです。不思議な話が大好きなんだけれど、かといって幻想文学みたいなものにはあんまり夢中になれない。不思議な世界で不思議なことが起きても、ちっとも不思議じゃないという感じがありましてね。それよりはぼくらの日常にピョコッと不思議なことがある。それがたまらなく面白いんじゃないか、と。そういう狙いのひとつを幼いバナナさんに“日常”としてとらえてもらえたというのは、とてもうれしい。

■ばなな

 今でもすごく自分の中に影響を感じるんですよね。何かよその空間から来たものがしばらく滞在していて、でも帰っていかなくてはいけないんだけれど、それが悲しくないというか、普通のこととして考えるというのが、わたしの小説のベースになっているんです。

■藤子F

 『キッチン』なんか読ませていただいて、オヤオヤと思いました。非常に淡々とさり気なく話が進んでいるかと思うと、そこにヒョコッととんでもないことが出てくる。女装のお父さんが出てくるとか。あれよ、あれよという感じで。でも、「なるほど、こういうことかな。」という気もする……。

■ばなな

 だから、すごく影響されてる。小説ももちろん読んだんですが、漫画のように、息をするように読んだ、という感じはありませんでした。漫画がうちに山ほどあったから、何かあれば読んでいるという……、だからこうなっちゃったんですよ。姉がね、絵が上手だったから漫画家になってしまったんですが、もし下手くそだったら、わたしが代わりになろうと思ってたくらいですから。ただ、絵だけは姉がうまい。これはかなわないとわかっちゃったのでそれでわたし小説家になろうと思ったんです。簡単なんです。

■藤子F

 そのへんがすごいね。たった一行で済む話じゃないんだろうけど。

■ばなな

 いや、たった一行で思ったんです。もの心ついた時から一緒に漫画を描いていても、七歳上のお姉ちゃんみたいにはとても描けない。じゃあ、わたしは漫画家はやめるよ、と思ったんです。

■藤子F

 お姉さんは何を読んでらしたの?

■ばなな

 年齢差もあるんでしょうが、姉は手塚派。で、わたしが藤子派。これはもうはっきりしている。姉は漫画家ですが、もし手塚派の後継者としたなら、わたしは小説ですけれど、藤子派。という風に藤子派の正当を守ると自負している身としては、やっぱりオバQやドラえもんのキャラクター誕生の秘話をお聞きしたいところです。

■藤子F

 あちこちでいろいろと喋っていることでもあるんですが、オバQについてはもともとおばけが大好きだということが下地としてありましてね。で、つのだじろう君って、いまはオカルトの専門家になっちゃったけど、彼の結婚式のスピーチで、オバケのことを話しちゃったんだ。結婚式とおばけって余り関係ないんだけど。

■ばなな

 どっちかというと、よくないんじゃないですか(笑)。

■藤子F

 それを少年サンデーの編集の人が聞いていて、だいぶ経ってから「おばけの漫画ひとつ描いてくれないか」って注文があったんです。どんなおばけかそれは一切任せる、と。
 で、ちょうどその頃、ぼくたちはスタジオゼロというアニメの会社をつくってヒーヒー言ってたんだ。会社といったって、石ノ森章太郎とか赤塚不二夫とかアニメが好きだというだけで参加してきただけだから経営もなにもない。ヒラ社員が一人で重役が七人という変な会社でした(笑)
 そこに雑誌連載の依頼が来た。さあー大変だ、と思うんだけど、まあお尻に火がつくまで頭が回転しない。そこで思い出したのが、おばけの話。ともかく、それで行こうと。とりあえずおばけのデザインを和風ぽいのから西洋風まで七つほど考えて、あとは担当の人にいいのを選んでって100パーセント下駄を預けちゃった。それで選ばれたのがオバQの原型なんです。

■ばなな

 Q太郎というネーミングもユニークでした。

■藤子F

 とりあえず『おばけの○○』にしようとは決めておいたんですが、ある日、「太郎」というのがダサイ印象でこれにアルファベットをつけたら面白いんじゃないか、と思いついたんです。でも、かんじんの第一回目のストーリーが思いつかない。相棒の安孫子ともどもその時は必死。小田急に乗って新宿に着くまでの勝負でした。ともかく、子どもたちが遊んでるところへ変なものが来て仲良くなる。じゃ、子どもたちが当時何をして遊んでいたかというと、たまたま山田風太郎さんの忍者小説が大ブームで、忍者ごっこが蔓延してたんです。だったら子どもたちが忍者ごっこをしているところに、オバケを出しちゃおう。それから、普通の生まれ方じゃつまらないから卵からかえすことにする。まあ、非常に安直な発想で話をバタバタ決めて、あとはもう総力戦。おばけ一家をぼくが全部描く、正ちゃんとシンイチ君を安孫子が描く、その他大勢を石ノ森氏が担当して、背景は『釣りバカ日誌』の北見けんいち君が描く。そういうスタートでした。

■ばなな

 ワーッ、豪華なキャスティング。(本を見て)ほんとだ、言われてみると、後ろの人たちは石ノ森章太郎先生の絵だ。でも、先生、単行本にする時、描き直しをされたりするんでしょう。

■藤子F

 オバQの髪の毛も一回目は意識的に残したんですが、あとのは三本に統一したんです。あれは描いているうちに、ひとりでに三本になった。オバQって、確かにこちらがつくり出したキャラクターには違いないんだけれど、それを一所懸命に写そうと努力していくうちに、あるべき姿に収まってくるんですね。
 固まってくると、大きい口なんだからさぞかし食いしん坊だろうし、大きな目玉じゃ隠しごともできないだろうと、自ずから性格づけも決まってくるわけです。

■ばなな

 オバQのガールフレンドのU子さん、あれも変ったキャラクターでしたね。

■藤子F

 Q太郎にもマドンナ役をという……。

■ばなな

 よりによって、あんなタイプじゃなくても(笑)。

■藤子F

 思いつきからスタートしても自然にキャラクターが絵から決まってくる面が、そこにもあったんですよ。やっぱり、不思議なキャラクターになっちゃった。

── 千二百の発明の中でも「どこでもドア」が好き ──

■ばなな

 ドラえもんはどんな風に生まれたんですか?

■藤子F

 これも無責任なんです(笑)。全く同じパターンで、例によって予告を載せなきゃいけないから、タイトルと何か面白そうなカットをひとつ頂戴と言ってきた。さあ、どうしよう。ぼくは最初の段階で迷いに迷う方ですから、何かひとつに決めてしまうのが辛くてしかたがない。結局、予告にはタイトルを出さずに“新連載 いよいよ始まる”とだけ。絵柄もとりあえず男の子はいるわけだから、その子が何かしらんびっくりするような出来事で驚いているということにして、机の前でひっくり返っているのを描いたんです。机から吹き出しがワーッと出ていて、中にクエスチョンマークがポンと書いてある。まあ何だろう。とんでもないものが出てきたぞ、何だろう、次号をお楽しみに、と。

■ばなな

 とりあえず時間を稼ぎましたね(笑)。

■藤子F

 一応、話のパターンとしては道具が次から次へポケットから出てくる。それを基本にしたんです。その前に『ウメ星デンカ』というのがありまして、壺の中から変なものが出てくる話の人気が高かったんですね。今度も魔法じゃ面白くないから、未来のハイテク機器にしよう。じゃ、二十二世紀だ。だったら、人間じゃなくロボットの方がいいだろう。ロボットも子供たちに親しみやすい動物のイメージを根底におこう。犬はオバQでさんざん使ったから、今度は猫だ(笑)。

■ばなな

 とても、正しい進み方をしてると思います(笑)。

■藤子F

 ただね、猫をまともに描いちゃうと巨大な化け猫みたいになって恐いんです。それで耳をとっちゃえ、と。
 色はどうしようか。あれは学習雑誌で低学年対象ですね。それで最初のページは色扉から始まるケースが多い。色扉は地色に黄色を使うことが多くて、タイトル文字は赤が多いんです。そうすると、赤と黄を除いたら、あとは青。それでドラえもんが青くなっちゃった。

■ばなな

 それであの国民的ロボットがなぜ青いのか、がわかりました。でも、これほど人気が出て日本中の人が読者になるということを予測されていたんですか。

■藤子F

 「継続は力」なんですね。ドラえもんも何度か最終回にもっていこうとしたんですが、運もあって今まで来ちゃった。それが結局幅の広がりになって、十年くらいして映画の『長編ドラえもん』が公開された。それが小爆発になったんです。

■ばなな

 先生の漫画、結局何部くらい売れたんですか。

■藤子F

 七千五百万部ぐらいでしょうか。

■ばなな

 (一瞬絶句ののち)日本人でドラえもんを知らない人がいない、という状況に対して、何か実感のようなものがおありですか。

■藤子F

 とても想像がつきません。でも、ばななさんの本も海外でずいぶん翻訳されている。何カ国ですか。

■ばなな

 十六カ国です。

■藤子F

 それはすばらしい。たいへんなことですね。

■ばなな

 それにしてもドラえもんで、よくもあんなにアイテムが考えられましたね。一説には千二百いくつとか。

■藤子F

 それも結果としてそうなっただけなんですよ。

■ばなな

 わたしは断然“どこでもドア”が好き。電車の中でどんなに気が合わなそうな男の子が一緒に乗ってても、「ああ、どこでもドアがあったらいいよな」なんて話すのを聞いていると、仲良くなれはしなくても、どこかでその人とつながっている部分がある。そういうのっていいじゃないですか。
 わたし、エンタテインメントではスティーブン・キングが好きなんですが、あれも普通の家庭に異様なことが起きる。そういうコンセプトだから好きなんです。藤子先生の作品にも共通するものがあるのではないか、と。

■藤子F

 最新作の『トミー・ノッカーズ』にはUFOが出てくるけれども、今までのいわゆるUFOものと全く感じがちがいますね。予備知識なしに読み始めて途中UFOが出てきて「や、や、や」と思いました。

■ばなな

 UFOの持つすがすがしさが全く感じられないというか。やっぱり、UFOそのものより、人間がいろいろな状況でどう振る舞うのか、を描きたいんでしょうね。いつでも、日常性から離れていたくないという。

■藤子F

 その点は全く同感です。

■ばなな

 それはわたしのルーツが先生の漫画だから。よく考えてみると、Qちゃんが同じ部屋にいたらすごい異様なことじゃないですか(笑)。そうなんですけど、みんなあんまりそう思っていないんだろうな、というのが伝わってくる。そのあたりが気持ちとしてわかるんです。

■藤子F

 ああいうのを描いててむずかしいのは、オバQが町に出ると、みんな「オバケだあ」といって逃げる。そういうのを繰り返し描くのがわずらわしくなったので、しまいにはオバQのイメージが町の人は関係なしに、読者がその存在に驚かなくなったら町の人も驚かないことにしよう、そういう感じにしたんです。

■ばなな

 そこにすごく新鮮な世界があると思うんです。『モジャ公』だったかな、恐ろしく哲学的なことを書いていらっしゃいますよね。ほら、食べ物を食べるというのは、その触感と味覚が脳に伝わって完結するのだから、幻想の世界で食べたイメージを与えたら、すごく食べた気になって、体はどんどん痩せていくという話があったでしょ。あれは子供心に考えさせられるところがありました。ロボットの目から見るとどんどん痩せていく。でも、お互い同士は食べて太って、楽しい、楽しいと。そういうズレというのが、すごく哲学的に思えたんです。

■藤子F

 はあ、言われてみるとすごいような気がしてくる(笑)。
 わたしは出身が幼児漫画ですから、徹底的に「セリフは簡潔でわかりやすく」と仕込まれたんです。大人向けに描いている時でも、ついわかりやすく底の底まで手の内をさらしちゃうのね。ある意味で損なんですが。吉本さんもあまりむずかしい言葉は使いませんね。

■ばなな

 深淵なことをわかりやすく書くというのがいちばんいいような気がして、すごく努力してます、そのことには。
 それでテーマとしては、今、東京に住んでいると、それは日本全体がそうだと思うんですけど、いろいろなことが限定されてるような感じになっているのじゃないか。そういうものではないはずだ、あした何が起こるかわからないという気持ちを甦らせるような、そういうことを書いていきたいんです。いずれは藤子先生のように、子供たちのための仕事もやりたいんですが、今はまだ大人のために仕事をする時期かな、と思っています。
 いまの若い人はすごく限定されていて、臆病で、気弱で打たれ弱いんですよね。自分の手とか足の感覚をふんだんに生かしきるということをしたことがないんじゃないかな。だから、そういうことを思い出せるようなものを何か書いていきたい、と思っています。

■藤子F

 こうやってお話をしていますと、いろいろな共通項みたいなものが発見できて、それがとても面白いですね。片や活字、片や漫画と媒体のちがいはあっても。

■ばなな

 それは影響をもろに受けてますから。

■藤子F

 『とかげ』という話でしたっけ、誰か憎いと思う人があって──。

■ばなな

 『とかげ』ですね。

■藤子F

 呪いをかけたら、偶然だろうけれども、相手が死んじゃったという話。ぼくも昔短編で同じアイデアを使ったことがあるんです。ぼくの方は、それを偶然と思いたがるような、そういう設定で処理したんですが、『とかげ』ではもっと洗練されたはるかに納得できるような話に仕上がっている。さすがですね。
 でも、漫画と小説、ジャンルは違っても訴えようととするものは似たものがあるんだな、と思いました。しかも、ひじょうにわかりやすい言葉で、言いたいことが言い尽されている。ぼくもそっちの方に少しは幅を広げていこうかな、なんて考えているんです。

■ばなな

 藤子先生もたくさん描いて下さい。何回も言ってることですが、小さい時からいちばん強く影響を受けているんです。そういう世代が大きくなって、いただいたものを藤子先生にお返しするというよりも──それだとこの二人だけのことになっちゃう──そうじゃなくて世の中に返していきたいな、とわたしはすごく思ってます。

── 笑いながら感動できる小説を期待しています ──

■藤子F

 漫画を描いていても、ぼくらは活字世代なんですよね。活字に対しての抜きがたいコンプレックスがいまだにあるんです。だから、吉本さんのような形で、知らない間に影響を受けているなんておっしゃっていただけると、本当に光栄に存じます。意外という気もしますが。驚きの気持ちもあります。

■ばなな

 いえいえ、幼き日の漫画は文学以上に大事なことを教えてくれると思います。わたしは物理的に目が見えない時期があって、友達と遊べないから、Qちゃんとも現実とフィクションを同レベルにして、ものすごく深く交流したんです。不思議な子どもだったとは思いますが、同じように藤子先生の作品と交流している人はたくさんいるんじゃないでしょうか。だって、悲しいときに悲しい物語を読む気持ちになれない。人間ってそういうものですよね。それよりQちゃんと過ごした方がいいやという。
 そういう人はわたしだけじゃないと思う。いつかわたしも先生の『21エモン』みたいな、みんなが笑いながら「なるほど」と思い、「すばらしい」と感動するようなそういう作品を書いてみたいと思うんです。

■藤子F

 それはもう、ぜひ書いていただきたいですね。

 

平成6年 文芸春秋 『文芸春秋臨時増刊 コミック'94』より  

 

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