タイトル

 ■わが藤子不二雄

赤塚不二夫   

 現在では、すっかり有名になってしまったが、藤子不二雄さんは藤本弘・安孫子素雄二氏のペンネームである。
 安孫子さんはスポーツマンで外向的、藤本さんは、やせていておとなしいまったく逆のタイプだ。作家の個性を売り物とするまんがという職業を、アマチュア時代から、チームを組んでふたりで合作している。この秘密を知らなかった投稿時代のぼくにとっては、ただ手ばなしで目を白黒させるよりほかにない驚異的新人だった。『漫画少年』時代からそれほど幅広い作品活動をしたものだ。後にソフトなタッチは、藤本さん、男性的タッチは安孫子さんであることを知ったが、さて、そうした目でもう一度作品群をながめわたしてみると、あきらかに、ふたりは完全に別々な作品を発表していることが多いということである。
 『漫画少年』時代を経てから、藤本さんは少女雑誌に、安孫子さんは少年雑誌に多くの作品を発表するようになる。
 このころのもっとも安孫子さんらしい作品は『ぼくら』に発表された「ロケットくん」であろうか。
 そして『少年』に「シルバー・クロス」がのりはじめると、すぐれたパロディストとしての安孫子像が強く浮かびあがる。この精神は、ギャグ・タッチの「怪物くん」まで受けつがれている。
 一方の藤本作品は、ソフトな上品さが学習誌に掲載するまんがとして申し分のないところから、この方面での得がたい作品「てぶくろテッちゃん」を生むこととなる。
 S・Fを基調としながら、それを家庭生活の中にごく自然に溶けこませながら、新しいギャグを描きだすこの手法は、「オバケのQ太郎」においてそのピークに達したようだ。
 時代はいささか前後してしまうが、『少年サンデー』の初期時代に発表された「海の王子」は、こうしたコンビの両面がひとつの作品にうまく溶けこんでいた作品だと思う。
 一見、藤本タッチではあったが、週刊ペースをこなしていく上で、多くの場面でふたりの協力がこの作品をバランスのとれたものとしていったのではあるまいかと考えるのだ。
 さて、「オバケのQ太郎」にもどろう。
 このオバQは『少年サンデー』誌上で連載を開始したものであるが、当時、石森章太郎、藤子不二雄、つのだじろう氏たちが、仲間であるアニメーションの天才鈴木伸一を軸にして作った漫画映画会社スタジオ・ゼロで合作された。
 オバQと、正ちゃん一家のキャラクター設定は藤本さん……しかし正ちゃんは安孫子さんが描き、動物や、その他の登場人物に関しては石森氏の担当といった分業を経てのち、藤子不二雄コンビが完全にそのすべてを描くようになった。おそろしくたいへんな量の仕事をおふたりはなんなくやってしまわれたように外側からは見える。オバQブームは去っても仕事の状態は相変わらずたいへんのようだ。しかしぼくは欲張った読者である。実験派の安孫子さんには近作「ヒットラーおじさん」(『ビッグ・コミック』)のような黒いユーモアをもっともっと見せていただきたいと思っているのだ。
 ぼくは、やたら本能的にガムシャラに作品を描いてしまうのだが、わが藤子不二雄さんこそ、考えて描く、クールなまんが家なのである。
 ところで、一方、現在の幼年雑誌を見まわすと、幼年まんがはテレビにオン・エアされていれば、なんでものせているといった、およそまんがの本質とはかけはなれた扱いを受けているように見受ける。
 本格幼年まんがの描き手はひところよりあきらかな後退を示しているのだ。
 ここに藤本さんの貴重な存在が輝いている。新鮮なイメージを湧かせる幼年まんがをもって新しい幼年まんが家を生むような時代のさきがけを、ぜひ担ってもらいたいと願わずにはいられない。
 これらはぼくの欲張った考えであろうか。いや、これは藤子不二雄さんにしかやってもらえない仕事なのである。

1969年 虫コミックス「オバケのQ太郎 1」より

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