タイトル

 ■子どもらしさの拠りどころとして

副田義也 (筑波大学教授)   

 現代は、子どもが子どもらしく生きることが、とても難しい時代です。子どもたちをとりまくさまざまな力が、かれらをおとなびた存在にしよう、小さい大人にしようと働きかけてきています。
 その力の主要なひとつは教育でしょう。それは本来、子どもをおとなびた存在にする傾向をもつものですが、私たちの社会では、その傾向がこのところとみに加速されています。学校教育では知識のつめこみの偏重がめだちます。これは、進学率の上昇から受験が広い範囲の関心事になった結果でありましょう。家庭教育では過保護と呼ばれる親の干渉過多が目につきます。これは、かつてにくらべて母親たちが暇になったことや、子どもを少なく産んで大事に育てる傾向のひとつの帰結でありましょう。
 いまひとつの主要な力は、文化でしょう。この文化の代表としてはマス・メディアとその送り内容をかんがえたいのですが、私たちの社会では、これがまた、子どもを大人びさせるのに強い力を発揮しています。この傾向をもたらした基本的要因は、まず、青年文化と子ども文化の境界があいまいになり、両者の相互浸透がすすんだということでしょう。ストーリー・マンガの世界に生じている一般的傾向は、その好例のひとつです。つぎに、子ども文化とCM文化との相互浸透があります。マス・メディアをつうじて、子どもたちは小さい消費者として媚びられつつ、おとなびてゆきました。
 もちろん、子どもを小さいおとなとしてあつかうことは、つねに全面的に否定されるべきではありません。子どもは小さいおとなとしての一面をもっており、それはそれで正しく認められるべきだとおもいます。かつて、子どもは小さな天使であるとひたすら信じ、かれのなかのおとな的要素をいっさい認めず、それによって、かえって、非現実的な子ども像に執着してしまった人びとがいました。たとえば、精神分析学が子どもたちにも性欲があると唱えたとき、これに感情的に反撥した人びとはそれでしょう。
 しかし、子どもは、小さい大人であると同時に、子供自身でもあります。子どもをおとなびさせることにのみ力を注ぐ現代、子どもたちが性急におとなびてゆく私たちの社会では、この子どもが子ども自身であるということがあまりに無視されているのではないでしょうか。ひとが子どもの時代だけにもちうる子どもらしさという独自の価値を、私たちは賞でる心のゆとりを失い、成長の課程で脱ぎ捨てられていく小さくなった古着ほどにしか扱わなくなっています。
 藤子不二雄氏は、現在、私たちの社会で、子どもたちから圧倒的な支持をうけている、少年マンガ作家です。その支持の集中ぶりをみれば、おそらく、圧倒的な支持をうけている唯一の作家といってよいでしょう。(藤子氏が藤本弘氏と安孫子素雄氏の共同制作の象徴的主体であることは「唯一の」という形容詞のすわりを悪くしますが、いまは、象徴を実在としてあつかうことをお許しいただきたいとおもいます)
 この巨大な支持量の成立は、もちろん、藤子氏の少年マンガ作家としての卓越した力量によるものであります。その力量は、キャラクターやストーリーをつくる能力から画風など多面的なものですが、そのもっとも根源の部分には、藤子氏の子どもらしさという独自の価値にたいする深い洞察があります。
 子どもたちは小さいおとなとしてのみあつかわれ、おとなびてゆく日日を送りながら、かれらの内部の子ども自身の夢や訴えを受けいれてくれる場所を探しています。この二〇年あまり、多くの子どもたちが探しあてたその場所が、藤子氏の作品世界でありました。それは、マンガ文化の状況のなかでいえば、多くのすぐれた、面白い少年マンガ作品がかきつがれながら、それらの主要な読者層が次第に中学校、高等学校の生徒たちの年齢層にしぼられていったということです。そのなかで、唯一の例外が「オバケのQ太郎」、「パーマン」から「ドラえもん」への藤子氏の作品系列でありました。小学校の生徒たちや幼児のマンガ読者層が、そこに集中していったのは当然でありましょう。この名作群の系列で先頭を切ったのが「オバケのQ太郎」であります。これは六六年に完結したと記憶しておりますが、それからはや一五年の歳月が流れたわけです。変容のはげしいマンガ文化に置いては、一般に、一五年という歳月はかつての秀作、名作を色褪せたものにするのに充分な時間の長さです。しかし、この「オバケのQ太郎」の魅力には、そのような時間による腐蝕がまったくみいだされません。これは大変なことだとおもいます。藤子氏が、子どもらしさという独自の価値を、その本質的な部分で的確にとらえているということが、ここで証明されています。

1982年 「藤子不二雄自選集9 オバケのQ太郎2」より

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