タイトル

 ■パーマンといっしょに空を飛ぼう

小野耕世 (評論家)   

 パーマンのきもちが、このごろ、私にはよくわかります。
 なぜなら、私も空を飛んでいるからです。いや、ミツ夫くんのように、パーマンのマスクやマントを、スーパーマンからもらったからではありません。熱気球に乗ることを始めたからなのです。正確にいうと、一九八一年の夏から、気球クラブのメンバーになったのです。今、この原稿を書いているのは、ある春の火曜日の午後ですが、この日曜日の朝にも、熱気球に乗ったところなのです。こうして空に浮かぶことができるようになると、改めて、空に対する私のあこがれは、パーマンの夢と同じだったのだなと思うのです。
 パーマンは、スーパーマンの能力を持っているのですから、さまざまな超能力を持っているはずですが、そのなかで、だれもがいちばんあこがれるのは、空を飛べるということでしょうね。
 おそらく、アメリカで、スーパーマンのマンガを、初めて生みだしたひとたちも、同じあこがれをいだいていたのではないでしょうか。コミック・ブックの「スーパーマン」のアイディアを、最初に考えたのは、コネティカット州に住む一七歳の高校生ふたりで、一九三三年のことでした。でも、はじめはそのマンガを、どの出版社も買ってくれなくて、ほんとうにマンガ雑誌にスーパーマンが登場したのは、それから五年後の一九三八年なのでした。
 もっとも、はじめのころのスーパーマンは、空を飛ぶといっても、高くジャンプして高層ビルも跳びこす、というかんじで、宇宙空間まで飛び、ほかのほしまで行けるようになったのは、かなりあとのことです。たぶん、おそるおそるスーパーマンに、人間ばなれをしたジャンプ力をつけてみたところ、読者のほうでは、それでは満足せず、ついに、ジャンプしたまま地面に落ちてこなくて、そのまま空を飛びつづけるようになってしまったのでしょうね。
 だから、いまでも、スーパーマンが、なぜ空を飛ぶのか、その原理は、よくわかっていないのです。推力がないのに(つまり、なんのエンジンもなく、反重力装置もないのに)空を飛ぶのは理屈にあわないと、物理学者はあたまをかしげているのです。でも、それはきっと、世界じゅうのこどもたちの、空を飛びたいという夢のちからに支えられて、スーパーマンは空を行くのだと、私は思っているのですけれども……。
 そして、そのスーパーマンからパワーをさずかったミツ夫くんと、その仲間たち─パーマン集団も、マスクとマントのちからで、空を飛ぶのですが、しかし、大宇宙の星ぼしを訪ねるよりは、日本の四畳半の部屋の窓を、出たりはいったりするところが楽しく、それこそが、藤子不二雄のマンガのトレード・マークだといえましょう。
 そういえば、この一貫して少年マンガを描き続けている作者の生みだしたキャラクターは、けっこう空を飛んでいることに気がつきませんか。あのオバケのQ太郎も、ふわふわと空を飛んでいましたし、ドラえもんにしてもあたまにタケコプターをつけて、空中に浮きました。怪物くんも、怪物ランドからやってきたモンスターの背中に乗って空の旅をします。
 ただし、彼らはみな、ふつうは、そんなに極端に高い空はとびません。パーマンにしても、エヴェレスト山まで飛ぶこともありますが、だいたいは、電柱や家の屋根より少し高いあたりが飛行ルートになっていて、つまり私たちが身ぢかに感じる高度を飛んでいます。それは、私たちが、夢のなかで空を飛ぶときの高度の感覚に近いといえるかもしれません。
 そして、日常生活のなかに降りてきた身ぢかなスーパーマンとしてのパーマンには、アメリカのマンガの超人とは違う点があります。パーマンはときどき、両手をあたまのうしろに重ねて、ぼんやりと空に浮いたまま、動かないでもの思いにふけったりするのです。「どうしたの、糸のきれた風船みたいにふわふわして」とパー子たちに言われながらも、ミツ夫くんは、空中に静止して休んでいることがあるのです。
 空は高速で横切るだけではなく、ぼんやりしていられる場所でもあるbこの感覚はすばらしく、マンガ全体に、ゆったりとしたふくらみを与えています。そして、これこそは、熱気球に乗っている気分にも通じるのです。熱危急は、静かな空に、ゆったりと浮きます。もしこんど、私が気球に乗っているとき、パーマンがそばを通りかかったら、ちょっとゆっくりしていかないかと、気球のゴンドラのなかにさそいこむつもりなのですけれどね。

1982年 「藤子不二雄自選集10 パーマン」より

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