タイトル

 ■ドラえもんの世界

渡部昇一 (上智大学文学部教授)   

 正月に知人が子供連れでやってきた。まだ幼稚園の男の子なのであるが、「ドラえもん」の愛読する巻を二冊手から離さないのだという。その子供が片時も手から離せない巻は何巻かと思って見せてもらったら、それは六巻と七巻で、「さようならドラえもん」と「帰ってきたドラえもん」だった。
 それなら私もよく覚えている。これはドラえもんの中でも圧巻だと前々から思っていた話だった。ジーンと胸に来る話で、何となく目の奥の方が熱くなるような感じがした。そして何度か読みかえした。その私が最も感銘したと同じ所に感銘して、その二冊を片時も手から離さず、正月によその家を親と訪問する時も持っている幼稚園の子供のいることを知って感慨無量だった。
 正月休みは卒業論文を読まなければならない時期だ。文学部の博士課程の論文と言えば─しかも英語で書かれたものである─難かしい読み物の代表と言ってよいだろう。それを職業的に精読している私と、まだ義務教育に上っていない幼稚とが、まったく同じ愛読書を持つということはどういうことであろうか。そういえばうちの子供たちは、大学・高校・中学と三人いて、しかもそれぞれ私立・公立・国立の三種類の学校に行っているのに、ドラえもんを共通の愛読書として持っている。マンガを「文学」と言うのは適当でないと思うが、まさにドラえもんは国民文学、あるいは国民マンガと言ってよいであろう。
 しかしうちにドラえもんに関心を示さない者が一人いる。それは私の家内、つまり子供たちの母親である。そういえばドラえもんの中で、一番マンガ的でないのがそこに登場するのび太の母親である。二、三回の例外をのぞけば、のび太の母親は常に教育ママである。うちの家内は教育ママからはほど遠いけれども、マンガを読む気はさらさらない。ドラえもんを愛読しない人たちを調査してみたら、世の母親たちということになるかも知れない。ユーモアのわかる母親などが出てきては、ドラえもんのマンガは成り立たないだろう。これは作者のなみなみならぬ洞察力を示す。そこに登場する母親が生真面目だから、安心してマンガの世界が回転するのであって、母親までマンガ的になったら、座標軸のぐらぐらするグラフみたいなもので、危かしくて読めたものでないであろう。真面目で、専業主婦で、教育ママがゆるぎない座標軸として存在しないと、ドラえもんものび太も、タケコプターで飛び廻ることはできない。一番マンガ的でないのび太の母親がマンガの世界の基盤になっている。
 別種の女性でこのマンガに人間的な深みを与えるのは、のび太の祖母である。この無限にやさしい老婦人が登場すると、私なども無性に幼年時代が懐かしくなる。昔の日本には子供に対して無限にやさしい婦人がいっぱいいたものであった。のび太の祖母は決っしてマンガチックでない。むしろリアルに昔の日本婦人をえがいているのである。それでいて、、本来ならば荒唐無稽な猫ロボットのマンガに、しっくりと合って、しかも読者に深い感銘を与えるのだから不思議である。
 猫ロボットの腹の中からは奇想天外な発明品がぞろぞろ出てくる。その点でどんなSFにも劣らない超科学マンガである。それが、のび太の母と祖母という、マンガ的でない二人の婦人のために、現実感を失わないで、大人も子供もそのマンガの世界に感情をこめて入りこめるのではないだろうか。それに反してのび太の父親は、のび太以上にマンガ的である。
 戦前には、「コグマのコロスケ」とか、「冒険ダン吉」とか、「カバさん」とか、ほんとうに心がほのぼのとするマンガがあった。戦後は下品でどぎついものも少くないようである。しかしその中からドラえもんのような傑作が出たのだ。その第一の特質は感情の動きがノーマルなことだ。親も子も、先生も、男も女も、そのところを得ている。子供はドラえもんを読んでいるうちに、人間関係についてのノーマルな感覚と、ノーマルな人間的感情を涵養されるのではあるまいか。
 第二の点は、ドラえもんがロボットであり、面白い発明品をいろいろ出すことである。私は日本がロボットで世界の先端にたった理由の一つとして「鉄腕アトム」をあげることにしている。ロボットに親近感のなかったところではロボットの導入は日本のようにうまくゆかない。ドラえもんもこれからの日本人に無意識のうちにロボットに対する親近感を育てるであろう。また発明品に対する関心を幼児の時から育てることは、これからの日本のために量ることのできない貴重な知的風土を作っていくことになる。もちろん藤子不二雄氏はそんな教訓のために描いているのではなかろうが、結果としては、最も有力で有益な幼児・少年教育になっていると言えよう。すべての日本の子供たちが、ドラえもんを愛読しつつ育ってくれることを願うものである。

1982年 「藤子不二雄自選集6 ドラえもん 風刺の世界2」より

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