タイトル

 ■ドラえもんと寅さん─人間に愛情を持って描くということ─

山田洋次 (映画監督)   

 ドラえもんは、映画「男はつらいよ」の主人公・寅さんにとても似ているところがあって、私は大変親近感を持っています。

 寅さんは、日本全国いたる所、北海道から沖縄まで自由自在に旅をしているかと思うと、突然故郷の柴又へ帰ってきたりする、じつに神出鬼没です。冬でも素足に雪駄ばき、四角いトランクをさげたおかしな身なり。お金はいつも財布に五百円ぐらいしか入っていない。それでも平気で長い旅をして、見知らぬお婆ちゃんと友だちになったり、子供と一日中たわむれたりするのです。
 寅さんは、故郷に帰っても長滞在は決してしない。つまらないことで妹のさくらたちと喧嘩をすると、たちまちカバンを持って家出をするのです。普通、家出をするとなれば、カバンに洗面用具をつめたり、シャツやパンツをしまったりしなければならないのですが、映画の中の寅さんはそんなことをしない、なぜか都合よくそばに置いてあるカバンと帽子と上着をとってパッと飛び出していけるのです。現実にはそんなことはまったくありえないのだけれど、映画の中の寅さんには可能です。こういうふうに考えてみると寅さんはまことに摩訶不思議な現実にはありそうもない人物ということになるのですが、映画の観客はそれほど不思議とは思っていないようです。
 一方ドラえもんときたらこれはもう説明するまでもない摩訶不思議な存在、姿かたちはお化けだし、魔法使いのような超能力の持ち主です。しかしこの作品がスーパーマンのようなものと根本的に違うのは、読者がドラえもんにひたすら人間的な愛情を寄せながら読んでいることです。別な言い方をすれば、読者にとってドラえもんはさほど不可思議な存在ではないのです。何故でしょうか。
 それは、作者が作中の登場人物に優しい愛情を注いで描いているからということに尽きると思います。藤子不二雄さんは、もしかするとドラえもんは架空の存在ではなく、本当に身近にいるんだという思いを持っているのかもしれません。作者が登場人物に寄せる人間的な共感が、ありそうもない不思議な話にリアリティーを持たせていくのです。寅さんという不思議な人間を主人公にして楽しい物語を作る苦心をしている私にはそのことがよくわかるような気がします。登場人物に作者が愛情を注いで描かなければ、まったく魅力のないものになってしまうということは、なにも漫画や映画に限ったことではないでしょう。
 今から十年前、「男はつらいよ・望郷編」(第五作)のラストシーンでずいぶん迷ったことがありました。寅さんがいつものように失恋して、故郷の柴又を淋しく去って行くところでエンドマークを出すか、それとも、それから何カ月か後、どこか遠い旅先でケロッとして陽気に大声をあげて商売をしていた、というふうに終る方がいいのか。結局あとの方にしたのですが、それでも自信がなくてある時落語家の柳家小さん師匠にそのことを話しました。師匠は私の作品をいつも見てくれる有難い人なのです。ところが師匠は言下に、あれで良かったんですよ、といいました。元気になった寅さんを見て観客はホッとする、ああよかったという気持ちで映画館を出て一杯飲むと酔いも早くまわる、重く悲しく終ると、いい気持ちに酔うまで時間がかかるし、酒代も張ってしょうがありません、などと冗談まじりにいってくれたものです。映画を見終った観客が明るい気持ちで劇場を出てゆけるということはとても大事なことだと思います。それは映画作りの技巧ではなく、作者の思想にかかわることだと考えるのです。
 漫画「ドラえもん」の明るさや暖いユーモア、気持ちのよい読後感は、作者の藤子不二雄さんの思想が明るいからではないかと思います。作者が人間をどう見ているか、社会をどう捉えているか、人間の歴史をどう認識しているか、ということと作品は深くつながっているのです。私は人間を信じている人の話を聞きたいと、いつも思います。「ドラえもん」に素敵なユーモアがあるのは、作者が人間を愛しているからであり、人間の真実の感情が描かれているからです。人間が描かれない限り笑いは生まれません。ユーモアとは、人間の真実の感情が描かれている時に思わず起きる共感の笑いだからです。ドラえもんの表情には何度見ても見あきない人間の感情があります。藤子不二雄さんはロボットを描いているのではない。ドラえもんは決してロボット漫画ではありません。
 寅さんのような友人がいたら楽しいだろうと思うように、子どもたちはドラえもんのような友だちがいたらいいなと思っています。それはドラえもんが夢をかなえてくれる秘密道具を持っているからではなく、ドラえもんの人間的な優しさや思いやりや友情に憧れているからです。ともすると人間らしさを奪われてしまいそうになる過酷な競争社会の中で、「ドラえもん」のような、人間に愛情を持った作者がきちんと描いた作品がたくさんの人に読まれるのはうれしいことです。
 いつまでも読みつづけられてほしいと思います。

1982年 「藤子不二雄自選集5 風刺の世界1」より

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