タイトル

 ■ドラえもんは、萩大名の味

金田一春彦 (玉川大学客員教授)  

 ドラえもんの漫画の主人公、のび太は、べんきょうもできず、スポーツもだめ、おまけに意志も弱く、泣き虫で、これという取り得のない子どもで、ママには始終叱られ、友達仲間からは、馬鹿にされ続けている。ただ、ドラえもんという、桁外れの擁護者がいるために、毎回その場にぴったりの超自然の機械を無料でポケットから出してくれるので、それを活用することによって、ママを謝らせ、友達仲間にひと泡吹かせるという痛快きわまる物語である。
 もし、現実にこういう子どもがいたら、その評判は瞬く間に世間に知られ、新聞記者は始終のび太につききり、テレビ関係者は常時少年の家にカメラやマイクを取り付けて、毎日日本中の話題の種になるであろうが、ここでは両親も友達も、機械の威力をすぐ忘れて、その翌日はのび太を甘く見、低く扱って、新しい機械の出現に腰をぬかしている。その大らかさが何とも快い。
 漫画の一回一回のスジは、次のように運ぶのが、典型的である。(1)のび太の悪友ジャイアンは腕力を振ってのび太を泣かす。あるいはもう一人の悪友スネ夫は、のび太の鈍いのをバカにして、口惜しがらせる。(2)のび太はドラえもんに泣きつき、その報復に役立つような機械を出してもらう。(3)のび太は大喜びでその機会をもって、ジャイアンやスネ夫に立ちむかい、ジャイアンやスネ夫はひとたまりもなく敗北する。(4)そこでやめておけばいいものをお調子者ののび太は、ドラえもんの止めるのも聞かず、その機械でほかの人をあわてさせ、最後に自分自身が失敗して、機械の有難みが消えうせる。
 一体ドラえもんの出す機械は、時によってはそれほど精巧なものではないこともあり、それがご愛嬌になっているが、最後の失敗に終るところがすがすがしく、読者にその機械はその後どうなったのだろうという、いらぬ心配をさせない。この筋の運び方がまことに巧みである。
 私は、このドラえもんのすじの運びは、日本の中世のコミック狂言の味をbことに名作「萩大名」の味を思い起させる。萩大名に登場する大名は、ある日知人の萩園の主から萩の花が見頃だから来ないかとの招待を受ける。大名は太郎冠者に相談すると、行くのはよろしいが、和歌を所望されますよと注意する。大名は、私は和歌などを詠んだことはないが、どうしたらよかろうと言うと、太郎冠者は、こういう歌をお詠みなされませと言って、
 ♪七重八重九重とこそ思ひしに外へ咲き出づる萩の花かなというのを口授する。大名はそんな難しい文句は覚えられないと弱音を吐くと、太郎冠者は、では私もお供して参り、歌の文句をサインでお知らせしますからと、約束を取りきめ、萩園に出かける。はたして和歌を所望されるが、太郎冠者のサインが効を奏して、大名は無事に右の歌を詠みあげる。萩園の主すっかり感心して、大名の技量をほめる。大名いい気分になって太郎冠者を帰してしまうと、主人はもう一度今の和歌をお聞かせ願いたいと言う。が、今度は太郎冠者がいないので、歌が口から出てこない。「七重八重から、外へ咲き出づる」までは何んとか思い出したが、最後の「萩の花かな」の一句が思い出せない。さんざん考えて、太郎冠者が、ここで向こう脛を突き出すサインをしたことを思い出す。これは「脛の花かな」という一句を思い起させるためのものだったが、その言葉を考えつかず「太郎冠者の向こう脛」とやってしまって、味噌をつけるという筋である。
 今、ドラえもんののび太は「萩大名」の大名にあたり、ドラえもんは太郎冠者にあたり機械が太郎冠者のサインにあたる、という対応が見られる。
 この漫画ののび太少年は、さっきも言ったように、勉強もダメ、スポーツもダメ……というわけで、これと言った長所がなく、読む人をやる瀬ない気分に誘うが、たった一つこの子どもにも特技がある。のび太はいかにも性質がやさしく、動物をかわいがる。この巻にはあいにく出てこないが、他の巻で前世紀の恐竜のヒナを秘密に飼って育てるくだりがあるがここでは他の子どもでは、ちょっとマネができないくらいに、彼はまめな行き届いた心遣いをして恐竜に対しており、快い物語になっている。のび太にこういう特技があるのは、まことに救いである。
 恐らくこの子どもは、教育ママにお尻をたたかれて将来大学を受験するであろうが、成績ははかばかしくないであろう。が、どこか地方の大学の農学部ぐらいには滑りこめるかもしれない。彼はそこでのんびりと勉強して卒業し、動物園の飼育係に就職するであろう。その時は、パンダの面倒見など案外上で、もしかするとパンダの出産、育児というような輝かしい大事業をして、しずちゃんと仕合わせな結婚をするかもしれない。

1982年 「藤子不二雄自選集3 ドラえもん ナンセンスの世界1」より

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