タイトル

 ■日本の社会の安定に寄与

糸川英夫 (航空・宇宙工学者)   

 いつの時代にも、常識では考えられないような爆発的人気を見せるヒット作品がある。最近でいえば、藤子さんのマンガ「ドラえもん」がそれにあたるだろう。
 ドラえもんがこれほどのブームになぜなったか、ひと口で説明するのは大変むずかしいことだが、私はヒット作品がつくられる課程を、次のように考えている。
 『世の中が変わるにつれ、新しい価値観をもった世代が出てくる。しかし、古い世代はそれを認めまいとする。ところが認知されない新しい世代のほうは、ある種の連帯感をもって、古い世代へ自分たちを認めさせようとする。この認知されたいときに働く運動が、ひとつのブームをつくっていくのではないか。』
 ドラえもんの場合もまったく同じで、最初のころ、ドラえもんを支持していたのは、小学生から中学生にかけてだった。彼らは、大人からは認知されない世代である。ところが、このドラえもん世代は、熱狂的にドラえもんを読み、集め、知る作業を進めて行き、ひとつの連帯をつくっていった。それが非常に大きな数となり、その世代を代表する発言となるに従い、ドラえもんを社会の正面に押し出していく結果となった。このようにして、ドラえもんは、幼児から大人までをまきこんだ“大ブーム”に発展していったといえるのではないだろうか。
 さて、それではこれだけのブームをつくるきっかけとなった、ネコ型ロボットのドラえもんには、どんな魅力があるのだろうか。私は大きくわけて、三つの要素があると考えたい。
 そのひとつは、生きた人間のキャラクターでなく、ドラえもんはロボットだということがあげられる。
 ロボットというのは、われわれ子供の頃は、単なる空想上のものであったけれども、今は日本の工場の90%が、ロボットで動いている。現にわれわれが使っている自動車とか、カラーテレビとか、ポケットの中に入る計算機なんか、もう全部フル・オートメーションだといっていい。
 世界のロボット総数の85%は日本にあり、残りの15%がアメリカ、ソ連、西ドイツ、チェコスロバキアにあるというのが現状。つまり、日本はここ五、六年の間にロボットを勇敢に採用した結果、世界の超先端になってしまったわけである。
 ロボットというのは、最初はお金がかかっても、毎年定期昇級をしなくていいし、病気で休むわけではないし、大変すばらしい働き手だといえるわけだ。
 それでは、日本と同じような所得水準の工業国である。アメリカや西ドイツが、なぜロボットに切り替えられなかったかというと、その原因は国内に扶養種族(外国人労働者)を抱えこんでしまっていること。そういう人たちの仕事をロボットに置き替えると、大量の失業者ができ、社会問題に発展する可能性があるからだ。
 それに宗教上の問題が大きい。日本は無宗教だけれど、外国では“人は神が創りたもうたものである。人間のやる仕事をロボットがやるとは何事だ”と教会の反撥が強い。そんなわけで、ロボットを使ったら生産性があがるのはわかっていても、導入にふみきれないのである。
 そういう意味では、日本はロボットによって経済的安定と繁栄ができあがっているといえるわけである。従って、現在の日本の根底からロボットを取ったら、日本経済は崩壊してしまいかねない。そういう社会背景に対して、子供は非常に敏感になっている。つまり、工場の現場を見なくても、今の世の中を動かしているのはロボットだという潜在的な心理があって、ロボットに対する親近度というものが、われわれの世代とはケタはずれに違うということがいえるのではないか。
 第二は、ドラえもんには普通の人間にはできない、スーパーマン的なところがあるということ。頭にプロペラをつけて、空高く飛び上がるとか、普通願望として持っていて出来ないような小道具を出してみたりする。そういう超人的な能力を持っている点が魅力としてあげられよう。
 いつの時代の人間にも願望というのがあって、現実には満たされないとすると、その欲求不満を何か他のもので置きかえようとする。例えば、野球がうまく出来るようになりたいという願望があるけど、うまくなれないとすると、ホームランの数で世界記録をつくった王選手のような人が出てくると、自分もそういうスターになりたいと思う。
 だが、それが出来ないとなると、王選手に自分が接近することによって、一種の王選手と自分との同化現象というものが起きて、そのフラストレーション(欲求不満)が解消されるというわけである。
 ドラえもんの三つめの魅力は、そのドジっぽさがあげられる。完璧な人間というのは、今あまり好かれなくて、どちらかといえば、ドジをやる人間というのが、気を許せるという風潮がある。ドラえもんの人気というのは、つねにドジをやってベソをかいているところにカギがあるように思えてならない。
 非常に能力を持ちながらも、その能力を行使して、自分で天下を取ってやろうなどという野心はなくて、一生懸命自分のご主人さまのために働くんだけど、あとでかすばかり食っている。そのドジっぽさが、今の子供の共感を呼んでいるのではないだろうか。
 過去に於いて、たくさんのブームがつくられているが、そういうものには多少麻薬が刺激剤がはいっていたと思う。ドラえもんの場合には、まことに健全で、いままであげた三つの魅力を持ちながら、今の世の中を真正面から見つめて、真正面に問題と対処している。そういう意味で、ドラえもんブームは、日本の社会の安定度に寄与しているという点で、私は非常に高く評価していいと思っている。

1981年 「藤子不二雄自選集2 ドラえもん SFの世界2」より

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