漢字の「漫画少年」とカタカナの「マンガ少年」

 

 

  

 この少年短篇シリーズは、「マンガ少年」という月刊誌に描いたものです。

 当時は、なまじっか『オバケのQ太郎』がヒットしたせいか、新作依頼のほとんどが、生活ギャグ路線という注文つきでした。その反動というわけでもないでしょうが、読者の人気投票とかを気にせず、僕自身が好きなものを描きたいと考えていた時期でした。

 好きなものを描かせてもらえるということで始めたシリーズですが、具体的にこんなものを、という構想が固まっていたわけではありません。でも、気ままに描きつづけてきた作品をまとめて読んでみると、何か屈折したブラックな物が多い。いつも「明るく健康的なまんが」ばかり量産していた反動でしょうか。

 ところで、「マンガ少年」といえば、かつて、もう一つの「漫画少年」がありました。誌名も漢字とカタカナと異なり、発行所も、発行時期も違っています。よくいわれるような兄弟誌などではなく、まったく別物の雑誌なのですが、僕自身がこの両誌に関わっているわけで、なにか不思議な因縁を感じないわけにはいきません。

 漢字の「漫画少年」にはまだかけだしだったころに、カタカナの「マンガ少年」には中堅として、それぞれお世話になっています。

 両誌とも、新人育成に積極的だったこと、また、どちらかといえば、それぞれの時代のまんがの主流を、ちょっとはずれたあたりで独自の路線を歩んでいた点が共通しています。つまり、ややマイナーだったのです。

 ただいちじるしく異なる点がないわけではありません。「漫画少年」誌は、子どもまんがの理想像を、戦前の子どもまんがに求め、その伝統を守ろうとしていた。体質としては、保守的でした。それに対して、「マンガ少年」は、むしろ主流のわきになっても何か新しいものを作ろうという意欲があったように思うのです。企画、新人の起用にしても常識の枠組を平気ではずしています。一言でいえば、革新的な雑誌であったというべきでしょう。

 なにはともあれ、二つの個性的な雑誌が活動した時期にめぐりあえた自分の幸せを思わずにはいわれません。

1989年 中央公論社刊 藤子不二雄ランド VOL.223 「少年SF短篇1 宇宙人」より

 


 

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