ドジ田ドジ郎の幸運

 

  

 

 生まれつき徹底的についていない男、ドジ田ドジ郎の寝床にある日、不思議なロボットが落ちてくる。普段からの鬱憤がたまりにたまっていた彼はロボットにあたるが、そのおかげで壊れていたロボットが直る。
 ロボットは自らを「宇宙合目的調整機構統計局均整課偶然係長」のゴンスケと名乗り、助けられた恩を返したいと言う。
 ドジ郎の悪運ぶりを知った彼は自分の職務怠慢を反省し、彼の今までの不運を埋め合わせ、さらにバカヅキにさせると言い出す。そしてドジ郎の周りには次々と偶然の出来事が起きるようになる…。

発 表:1970(昭和45)年10月
初出誌:SFマガジン '70年11月臨時増刊号
頁 数16ページ(初出時)、18ページ(修正後)
初出解説:“ホワイト・ユーモア・コミック”

「ミノタウロスの皿」 小学館 ゴールデンコミックス第1巻
「幸運児」      小学館叢書 異色短編集1
「ミノタウロスの皿」 小学館文庫 藤子・F・不二雄[異色短編集]1
「征地球論」     中央公論社 愛蔵版 SF全短篇 第3巻

 「ビッグコミック」と並び、異色短編が数多く掲載された雑誌、「SFマガジン」に最初に発表された作品である。「ミノタウロスの皿」「カイケツ小池さん」「ボノム」に続く作品で、異色短編のごく初期の作品である。
 作者は「一千年後の再会」など、「偶然と必然」をテーマにした作品も好んで描いているが、この作品でもストレートにこのテーマを描いている。また、この作品のオチは「ドラえもん」にも流用されている。
 ビール瓶が空を舞う偶然や冷えているはずのないビールが冷えていた偶然の説明がいかにもありそうで(?)、実に面白い。

【エピクロス】下の「修正内容」参照
 紀元前341年頃〜紀元前270年頃。快楽主義を説いたギリシアの唯物論哲学者。アテナイに学園を開き、デモクリトスの流れを組む原始論を基礎とする実践哲学を解いた。善とは快楽であるが、真の快楽とは放埒な欲望の充足ではなく、むしろ欲望から解放された平静な心境のうちにあるとした。

【賀川豊彦】下の「修正内容」参照
 1888〜1960年。キリスト教社会運動家。神戸出身。神戸貧民街の伝導を始め、関西の友愛会の指導者となり、農民組合・消費組合運動にも関係。第二次大戦後は伝導・生活共同組合運動・世界連邦運動に尽力。小説「死線を越えて」。

(前略)そこへ『SFマガジン』から依頼がありました。実は“SF”には少年時代からの、空想科学小説と呼ばれていたころからの激しい思い入れがありまして、『SFマガジン』も創刊以来の愛読者だったわけです。こんな不思議な小説を書けるなんて、SF作家は偉いなあと、はるかに仰ぎ見ていたのですが、なんと、その聖域から依頼があったということで仰天しました。思いおこせば二十年前、初めて『漫画少年』に投稿マンガが入選したときのような喜びでした。自信は無いが、せっかくのチャンスだからと、書いたのが「ドジ田ドジ郎の幸運」です。幸いに編集長からはおほめの言葉を頂きました。(後略)

1987年 中央公論社刊 愛蔵版 藤子・F・不二雄 SF全短篇
第1巻「カンビュセスの籤」まえがきより

 修正後は初出時より2ページ増えているだけなので、大きな変更点はない。
 しかし、描き足しならぬ描き消しという珍しく、かつ興味を引く修正がなされている。それはいきなり最初のコマ、ドジ郎が天井を見上げている大きなコマ。部屋の奥にある、テレビやタンスをじっくりと見ていただきたい。微妙に線がズレている部分があることが分かると思うが、実はこのコマの真ん中辺りにはもともと絵がなく、以下の文章が書かれていたのである。

 世界の生成は偶然に
            ──エピクロス

 しかも必然は常にこみ入った偶然を介してのみ現象し……
            ──世界大百科事典

 有限の世界における偶然は与えられた条件の下においての変化の自由度である
            ──賀川豊彦

 単行本収録時にはこれらの文章は消され、空白だった部分に絵が描き足されたのである。
 あとは大した修正もないのだが、順に見ていこう。3ページ目4コマ目は描き直されたもの、11ページ5コマ目、13ページ6コマ目、14ページ5、6コマ目、15ページ1コマ目が描き足し、16ページ5、6コマ目は修正、同7コマ目は描き足し、17ページ1コマ目は多少修正、このコマが「なに今日の出勤は二人だけ!?」だった。18ページ6コマ目から最後まで流れは同じだが、全て修正されている。ちなみに最後のコマのセリフは「その日海へ行こうとおもいたった人は他にひとりもなかったのだ。いかにもありそうな話ではないか」であった。

 


 

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