タイトル

概略
 『オバケのQ太郎』は、小学館の
週刊少年サンデー1964(昭和39)年に連載開始された、藤子不二雄の作品の代表作です。
 当時藤子不二雄(藤本弘・安孫子素雄)・鈴木伸一・石森章太郎・つのだじろうの5人で設立したばかりの有限会社
スタジオ・ゼロというアニメーション会社の資金源として、アイデアを藤子が、他のメンバーが作画を手伝うという形で連載は開始されました。
 〆切当日に難産の末に生まれたオバQですが、反響はパッとせず、
連載8回で終了してしまいました。ところが、連載が終了されてから読者からの猛烈な抗議が小学館に寄せられ、2ヶ月半ぶりに連載が再開されました。
 翌年からは小学館の学習雑誌にも連載が開始され、ますます人気は上昇し、そして同年夏には
テレビアニメ化されて、こちらも大ヒット。その人気はすさまじく、数々のキャラクター商品の登場などオバQブームを巻き起こしました。
 週刊少年サンデーでの連載は1966(昭和41)年末に終了、学年誌の連載も翌年春までに終了、テレビアニメもこの年の6月に終了しています。

 そして連載終了から5年、オバQが復活します。『新オバケのQ太郎』です。活躍の中心を学年誌に移し、同年には早速テレビアニメ化されています。前作ほどの人気を獲得することはできませんでしたが、アニメのクオリティは高く、多くの藤子ファンが名作と呼ぶ作品となりました。

 その後、テレビ朝日で『ドラえもん』がアニメ化され大ヒット、『怪物くん』『忍者ハットリくん』『パーマン』も次々にアニメ化され、藤子アニメの黄金期が始まります。そして、1985(昭和60)年にオバQは3度目のアニメ化となりました。

 このように長い間愛されてきたオバQですが、1987(昭和62)年末、オバQにとって一大事が起きます。藤子不二雄のコンビ解消です。これによって、それまで合作としてきた各々の作品にはっきりと作者の別がなされたのですが、オバQは合筆作品であったために、明確な線が引かれませんでした。『新オバケのQ太郎』に関しては藤子・F・不二雄先生の作品ということで落ち着いたようなのですが、『オバケのQ太郎』は現在になっても著作権の決着が付いていないようです。それでも単行本は「藤子不二雄」名義で刊行はされていました。

 しかし、さらにオバQの災難は続きます。1989(平成元)年、「国際オバケ連合」が黒人差別であるとの指摘を「黒人差別をなくす会」から受け、小学館および中央公論社は自主回収という形で、あっさりとこの作品が黒人差別をしていると認めてしまったのです。それ以来、てんとう虫コミックスは回収された5巻以外の巻も再版がかけられることもなく、12巻が回収された藤子不二雄ランドの方もどの巻も再版がかけられず、そのまま全てのオバQの単行本が絶版となってしまいました。

オバQヒストリー  
  ■本編連載  番外編連載・掲載 
  ■単行本関係 アニメ その他の出来事
  
※掲載誌は全てを記載しているわけではありません。

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